何事も無く……と言ってもエレルファンから数キロしか離れていないので当然だが
目的地にたどり着いた三人。
その目的地と言うのは港町ミスティーレスアである。
活気溢れる港ならば様々な国の者が入ってくるので情報が集めやすいと考えたのだ。
それに今後の方針をここで考えて他の国に行くとなった時
ここなら船と言う通行手段があるので便利だと考えた。
アスカは他国の見たことも無いような服装や店など好奇心大爆発で
キョロキョロと辺りを見回し楽しげにはしゃいでいた。
グレイはそんな素振りは全く見せず…と言うよりもアスカと正反対で
まるで懐かしいかのようにゆっくりと街並みを眺めていた。
だがそのグレイの顔色は嬉しいと言うよりも嫌だと言う明らかな嫌悪が手に取るように解る険しい表情であった。
「先ずは各国の状況を知らないと……」
そんな正反対のアスカとグレイの様子を窺いつつティアが言った。
旅に必要最低限のものは殆どエレルファンの国王の計らいで用意してもらっているので
三人はすぐさまにでも任務に取り掛かることが出来た。
先ずは任務をこなす事を先決しながらその土地であのことについては情報を集める事にしたのだ。
すぅっと冷たい風が突然起き、ふわりとティアの長髪が風になびく。
水色がかった銀色の髪は丁度太陽の光に反射してキラキラと輝き
鮮やかな深いブルーの瞳をより一層引き立てた。
もともとティアの顔が大人びているせいかまるで女神がそこに居るかのように
誰もが見惚れてしまうほどその一瞬はとてもティア美しく見えた。
「綺麗な髪をお持ちのお嬢さん♪いやぁ〜貴方があまりにも美しくて
女神か天使が地上に舞い降りたのかと思っちゃいました〜」
スラリと伸びた手足にサラサラとした金色の髪。
まさに美男子という言葉が似合いそうな青年がにっこりと微笑みティアに歩み寄った。
田舎のリオール村に長年住んでいたせいで口説かれ慣れていないティアは
かぁあと顔を赤面させ戸惑う。
そんなティアの様子を察してか青年はますます嬉しそうに微笑んだ。
それを見て面白くないのはアスカにグレイ。
グレイは一瞬飛び掛って殴り倒そうかと考えたが一般市民を殺したらそれこそ一大事である。
どう考えたって戦闘能力はグレイの方が高いに決まっている
下手に手を出すわけにはいかなかった。
「この町になれていないご様子ですね、
それならば恐れながらこの僕がご案内いたしましょう」
青年はグレイやアスカの存在に気づくことなくティアの手を取り微笑んだ。
後ろでは殺気だった灰色の髪をした少年が居るが
青年が気づく事は無い。
いや・・・気付かない方が幸せと言った方がいいかもしれない。
グレイの周りには人が寄り付かずぽっかりと空間が出来るほど
それはそれは恐ろしいオーラが漂っていた。
「え?他にもお友達居るの?ならその娘達も一緒に案内するよ」
「……全く…姿が見えないと思ったら……
こんな所でいつまで油を売っているつもりだ?」
その声の主はグレイでもなく、ましてやアスカでもなかった。
新たに現れた男性は金髪の青年と殆ど同い年で
赤い髪、赤い瞳をし眼鏡をかけたいかにも博学そうな青年だった。
どことなくその声はグレイに似ていたが
グレイよりも高く耳障りのいい優しい声音だった。
「キッ……キール…いやその…これには事情がさぁ〜…」
「ほぉ、ナンパに事情があるんなら是非とも聞かせてもらいたいものだな。」
じりじりと赤髪の青年がにじり寄ると
一歩づつ金髪の青年が後ずさりした。
その瞬間青年は目を丸くして止まった。
それはグレイの先程から出していたオーラにではなく
有り得ないと心の中で否定していた物に対しての驚き
名前を呼ぶたびに思い出すかのように確信を高める青年をよそに
グレイはただただバツが悪そうに顔を青年からそらせた。
そんな空気が場に流れた。
ティアは戸惑っていた。
ここで2人に話し掛けていいのか。
そしてそれは自分達が首を突っ込んでいいようなことなのか気にして。
だがアスカには生憎そんな場の空気を読むような能力はなかった。
精一杯アスカの頭で考えて出てきた言葉は
なんの前触れも無く単刀直入な言葉。
あ……とアスカから声が漏れる。
あまりに青年の正体ばかり気にしていたため
自分を名乗るなどということは頭に無かったからであった。
「はい!俺アスカ・ヴェスタっていいます!それであっちが……」
「ティア・フィーナ・ミラーと申します。」
アスカの振りに慌ててティアがお辞儀をする。
そうか…と一言言うと青年は柔らかな笑みを浮かべた。
「俺はキール。キール・リヴァースだ。
グレイの実の兄貴だよ。」
キールは当然知っている者と思ってサラリと述べたが
アスカとティアは違った。
「えぇ!?聞いてねぇぞ!グレイに兄貴がいたなんて!!」
「そうよ!私も初耳だわ」
「たりめぇだろ。聞かれてねぇし、俺だって言った覚えはねぇ。」
グレイは顔をそむけたまま不機嫌そうに言った。
違う。そう瞬時にティアは感じ取った。
確かに一度も誰もグレイに家族構成を聞いたことが無い。
否、リオール村ではそう言ったことは詮索無用。それが掟であった。
例えどんな過去を背負っていようがそれは過去に過ぎない。
昔は昔、今は今とリオール村は割り切っていた。
村の住人が暖かい心を持っていなければ出来ない芸当であった。
それは辛い過去をもっている住人がたくさん居たからこそ
そんな暗黙の了解が生まれていたのだが。
もちろんその掟についてこの三人にとっても例外ではない。
例え幼馴染であろうが…親しい仲だからこそ
言いたくない、知られたくない過去は当然ある。
その為に三人はリオール村に住んでいたとも言える事なのだから…
グレイにとっての辛い過去がこの兄と関係あるのであろう。
だから言わなかったのではなく
グレイは言えなかった。
過去を知られたくなかったから。
気まずそうにするティアの様子を知ってかキールが話を進めた。
チラリとグレイの方に視線を送るキール。
キールも気付いているようだ。グレイが何らかの過去を引きずっていることを……
キールの誘いでアスカ達はキールの研究室に行く事になった。
話を聞くとキールは学者で金髪の男性はキールの助手だそうだ。
名前はカーレント・ニーバス。
カーレントはキール曰く巷で噂の有名な女たらしだそうだ。
研究室といっても自宅と融合した殆ど生活区で研究もしている…という状態で
キールとカーレント、二人で一緒にそこに住みながら研究をしているらしい。
カーレントは何が悲しくて男二人暮ししなきゃならないんだと嘆いていた。
他愛も無い…意識化にグレイの話を抜いて…会話を交わしながら
キールの案内で歩みを進める五人。
流石に心配になったティアが聞くがキールは大丈夫としか言わない。
だが建物らしきものは一切見当たらない。
他にあるというとぽつんと開けた土地の中心にそびえる一本の巨木。
キールは中心にあるそこにあったどの木よりも太く、ツタ系の植物が這っている木の前で止まる。
どう見たってそこに生活しているなんて思えない。
いくら太いとはいえ大人五人で手を広げれば囲める広さ。
だが真剣な表情のキールが冗談を言っているとは到底思えなかった。
皆が不安げに見守っているとキールはポケットから徐に何かを取り出す。
手に握られているのは小さな僅かに蒼く淡い光を発する石。
ブツブツと何か言葉を紡ぐ。
初めの方は全く聞き覚えの無い言葉の連なりだったが最後だけ理解できる言葉が流れた。
その言葉を言い終わるとキールが触っている木がパァァァアアアと光を放ち出した。
アスカ達3人は余りの眩しさに手を目の前にかざしながら何事かと固唾を飲んで見守った。
キールは何事も無いかのように動じず、そのまま木に手をあてている。
その内、木を包んでいたツタだけではな無く、地面を這ったり他の木に巻きついていたツタ系植物も同じように光を放ち出した。
そしてその光がだんだんと強まって何処に何があるのか解らなくくらい真っ白な世界になった。
だがその強すぎる光は一瞬でその後まただんだんと光はもとのように弱まっていきそして消えた。
強い光で思わず目を瞑ってしまった3人はそっと目を開いた。
そこには小さいながら小奇麗で立派な建物が建っていた。
「っすげぇ〜!!」
「一体……何がどうなってるの?」
先ほどまで確かに何も見えなかった。
否、何も無かった。
面白いように反応してくれた二人にフッとキールが嬉しそうに微笑む。
「これが俺たちがやっている研究の成果さ。
まぁ細かい話は中に入ってからだ。」
中は見た目を遥かにしのぐ広さであった。
だがスペースの殆どを本棚に奪われ辛うじて生活できるといった感じだ。
徐に散らばった資料の数々をアスカが覗き込むが全く理解できない異国の言葉が
つらつらと字詰めで書かれこれが学者というものなのかと
そのレベルの高さに圧倒される。
キールの指示で唯一何もおいていないテーブルに皆席を着ける。
あの日の出来事から順に追って辛いのかゆっくりとしたペースで話し続ける。
モンスターの暴走の話のあたりでキールとカーレントの顔色が
渋くなりお互い顔を見合わせた。
「そうか……恐らく…まだ細かい分析をしてみないと確定はできないのだが
モンスターの暴走の原因は分かった。」
「魔力蓄積硝石と関連するんだろうね。」
渋い顔をする二人とは対照的に
アスカがきょとんとした表情で鸚鵡返しをする。
ふっと苦笑してキールは先程、手に握っていた
小さな透明な淡く青く光る石を取り出した。
「まぁ、簡単に言って俺達は魔硝石と呼んでいる。
名前は俺達がつけたんだ。
これは名前の通り何らかの魔力を秘めていることが今のところ解っている」
小さなガラスの破片のような
普段なら格段気にせず見落としてしまいそうな石を
三人は凝視した。
「でも実際、その魔力の出所や物質構成、
全てが必死に研究しているにもかかわらず解らず終い。
ただ今解った居るのは奇妙な現象を起こせる…て所かな?」
奇妙な現象……会話の流れからして
この研究所が現れた事を指し示しているのであろう。
話からすると魔硝石はそれ以外のことも出来るらしいが
まだキールもカーレントも力を自在に操る事が出来ていなく
魔力の出力が不安定な状態にあるそうだ。
キールがこの石を見つけたのは酒場から出てきた黒い服に全身を包んだ怪しげな男が
落としていったものらしい。
慌てて追いかけると裏路地で男はスッと消えてしまったのだ。
この石には何かあると考えたキールが
図書館に篭りきってやっと見つけた文献が
ほんの少しだけ残っていたらしい。
ボロボロで紙も痛み、日に焼け黄色と黄土色の
中間色のような古い本独特の色合いになっていた。
だがそれとは不自然に
本を開くと紙は一枚も破れたりしていなかった。
人々は喜怒哀楽に溢れ皆平等に優しかった
その国を治めている王もまた素晴らしき人格の持ち主だった
国には宝があった
それはあらゆる願いを叶える宝石
とてもとても大きな大きな宝石
その宝石に王様は願った…”全ての物に光がありますように”と
その光は、人々の心すらも明るく照らした
だから人々はとても心優しき人間で居られた
ある一人の男が世界を我が物に使用と計画を企てた
その為に宝石を手に入れようとした
しかし男が手に入れる直前に王様は別の願いを宝石にした
宝石は眠りについた…千年もの間誰の願いも叶える力のない
ただの石ころへと代わってしまった…
これが本当にその文献なのかとアスカとグレイは難しい顔をする。
しかしそれ以上にキールとカーレントが驚いた表情をした
何のことか解らず小首をかしげるティアに
まさかとグレイが本を覗き込む。
眉間に皺を寄せて顰めるグレイに驚き
ティアはもう一度本を眺める。
先程は確かに読めていた。
否、知らない字だとは思わなかった。
「これは妖精が書く字だと伝わっている。
この翻訳の仕方は…少し信用できないようなある宗教団体の聖書に載っていた。
正に…内容はさっき言ったのと同じだよ……」
キールが溜め息のように洩らすと
奥の本棚からカーレントが別の本を持ってきた
低い可能性だと解っていたからか
そっかっと苦しげにカーレントが笑った。
「この本はさっき言った翻訳方の書かれた聖書。
読んだ事が無いとなると…単なる偶然…って事になるかな?」
心のどこかでは偶然ではないと言いたげだったが
無理やりカーレントは言葉を押し込んだ。
そんな雰囲気が一番嫌いなアスカが
なんとかして場を和ませようとするが
自分がこの空気を作っていると解っているティアは
それだけ言うと駆け出した。