『…ア……様………様、ああ、なんという……』

『これは……の子だ………早急に……せねば…』

『…て…はやく……急いで……前に…』

 

声は続く
壊れたように
狂ったように
同じ台詞、同じ声、同じ言い回し

何度も何度も
それはきっと大切な事なのに、思い出せない。

 

 


「どうした嬢ちゃん。具合でも悪ぃのかい?」

「え?大丈夫です……ちょっと、ぼーっとしてて」


「ま、確かにここって暇だよなぁ〜」

城に入ってからはチェックも何も無かった。
ただただ続く長い一直線の廊下。
入場した人は長蛇の列を作ってゆっくりと前へ前へと進んでいく。

その人々の目はどこか惚けていた。心ころにあらずとでも言うのだろう。
目線だけがただただ前方へと強く送られていた。

 

ようやく突き当たりにでくわした。
煌びやかな他の内装とは程遠い、腐敗した扉。
だがそのたった一枚の扉は他よりも重圧的な感じがした。

一人入っては閉め。
そしてまた一人入っては閉め。
次は夫婦のようでその夫婦は一緒に入って扉を閉じた。
どうやら自分が入ったらすぐ後ろに人がいても家族などの身近な存在で無い限りは
すぐに扉を一回一回閉じるのがルールのようだ。

そして、やがて長蛇の列もなくなり、前に居た男性が扉を閉じた。

扉を眼前にして四人は息を潜めた。
開けても居ないのに中からはひっそりとしたどこか不気味な空気が漂ってきている。
物怖じしないアスカが先頭に立ってゆっくりと扉を押す。
キィッと嫌な木製扉特有のきしんだ音が響く。

中をまっさきに確かめようとしたが、見え無い。廊下の燦然とした明かりはどこへやら。
どんよりとした湿度の高い部屋は薄暗く、三歩以上先は見え無い状態だった。
怪しまれてはならないので見え無いながらも四人は中へと入っていく。

 

「なんだよここ真っ暗で何にも見えねぇ…」

「まぁ落ち着け。真っ暗って訳じゃあねぇ。ただ薄暗いだけだ」


ギャロの言う通りで、暫くすると暗闇に慣れた目が視界を広げた。
どうやら廊下の明るさと室内の暗さのギャップの所為で真っ暗に感じただけのようだった。


「……惨い…」

ティアの呟きが予想以上に広い室内の壁に吸い込まれるように消えた。
まだ目が慣れだしてきたばかりのアスカは一瞬何の事かわからなかったが室内を見渡して息を呑んだ。

そこは、牢獄だったのだ。
見たことも聞いた事もない、イメージとは遠くかけ離れた牢獄。
しかしそこには紛れもない牢屋がずらりと所狭しと並んでいた。

丸型の壁に並んだ牢屋。それは上を見ればどこまで続いているのかわからないほど高くまで積み重ねられていた。
怪しまれぬようそれとなく一番近くの牢屋に視線を向ければサビだらけの鉄杭が地深く突き刺さり
扉と思わしき所には冷たくギラギラと黒光りする重たそうな南京錠がかかっていた。

重たいどっしりとした空気は恐らく広い部屋とはいえ大勢の人間が一部屋に集まっていたからであろう。
血の臭いに酷似した鉄臭さがその湿った空気にのって鼻をついた。


「チッ…これが支持率100%の正体かよ…」

「ここにいる人たちは……国政の為の人質……」


ようやく謎が解けたというのにグレイとティアの言葉は暗い。
ギャロはテンガロンハットを深く被り直しながら注意深く言葉を選んで切り出した。

 

「とまぁ、此処までは…一応お嬢の睨んでた通りって訳だ。
 まさか一人一人牢屋にぶちこんでいやがるとは思ってなかったがな…」


そう、これはアンナのプランの予想範囲内の事項だった。
むしろこの事項が見当違いであったのならば潜入しても無駄足に終わった。

アスカ達よりも一週間ほど先にこの町にたどり着いたアンナ達はこの町の住人に共通点を見つけた。
それは若い女性と子供がほとんどといって良いほど見当たらない事だった。
そして正直廃れているこの国を誰一人として出て行かず悪政に抗議の声を挙げない点を考えれば
若い女性や子供など弱き人を人質に国民をこの国に縛り付けているという仮説にたどりついた。

国民に紛れ込んで潜入したこちらの組の目的は
アンナの人質仮説が正しいかどうか確認することが大きい一つだった。

当たっていなければならない、しかし当たっていて欲しくない、事実。
時折耳に入る鎖がこすれ合う乾いた金属音が受け入れざる終えなかった。


「そういや、見張りとかっていねぇのか?」

「そうね。一人や二人いてもおかしくないけれど……」

ざっと見渡す限り兵士らしき人物は見当たらない。
これだけの強固な牢ならば、もはや不要と思ったのであろうか。
どちらにせよ、いないほうがこちらとしてはありがたい。


「ま、こっちはこんな様子だ。そっちはどうだ?お嬢」

 

『うひゃー。やっぱコレ見るたび感動〜♪グレイの兄貴ってーのは本当天才ね。表彰もんよコレ』


二手に分かれる前にティアのキールたちから授かった通信機をアンナに貸していた。
ぼうっと画面全体が光っているために不自然だが気にするものは居ない。
緊迫感を全く感じさせないいつも通りのアンナの声に話を振られたグレイは全く反応を見せない。
アスカと同じこの手のタイプはグレイの一番苦手なタイプだった。


『もぅ〜愛想悪いわねぇ。とにかく、どーんと大船にのったつもりであたしに任せんしゃい。
 まぁちょっと手間取るかもしれないけど……そっちが頑張ってくれればダイジョビ☆
 この天才美少女アンナ様に不可能はないのよぉ〜』

『ちったぁ声落としたらどうでぃお嬢』


画面の中に姿は見え無いが、温かみのある強い訛り言葉がハイマーのものだと連想させた。
確かにこの場に不釣合いすぎるアンナの快活な声は不自然ではあるが
いたるところからする泣き声やうめき声や金属音でかき消されているので不審に思っているものは居ない。
もっとも聞こえたところで、生気の感じられないこの国の者が他人を怪しむとは思いがたい。


『もぉ〜このオーバーテクノロジーをもっと体感してみたいのに…』

『オーバーテクノロジー?機械音痴のお嬢が何を言うか』

『あたしが機械音痴じゃなくって、皆が機械フェチすぎてついてけないだけっ』

『爺様もお嬢も喧嘩なら外でやりなせぇ』

…………。
なんと言うか、本当に緊迫感のない声に安心交じりの呆れを感じる四人。


『と、とにかくよ!アタシの仮説が正しかったんなら大丈夫。
 そっちの班が予定通りに動いてさえくれればあとはアタシ達がなんとかするから!』

「わかった。アンナも無理すんなよ」

『ありがと、アスカ。それじゃ………うまくやんなさいよ、四人とも』

キュゥ!!


アスカの荷物袋の中に隠れていたバジルがここぞとばかりに声を上げた。
四人と称され自分がのけものにされたのが恐らく嫌だったのだろう。


『はいはい。もちろんバジルもね?』

キュィッ

後付でアンナは訂正したがバジルはいまだ不服そうだ。
機嫌悪そうにそっぽをむいたバジルの頭を優しくアスカが撫でると少しだけ落ち着いたようだ。


『それじゃ、ホントに切るわね』

ぷつりと一瞬だけまばゆく発光したかと思うと黒い画面にもどった。
アスカは画面を閉じると麻袋に通信機を入れて部屋の隅にそっと置いた。
この通信機は内蔵された動力源・魔硝石のひかれ合う作用でそれぞれ相手の位置を知ることが出来る。
アンナ達が船で防砂壁を破壊するときの目安になるように場所を把握させる必要がある。


「……ようやく、俺らの出番ってわけだな」

「ああ。やっこさんみてぇな腕っ節の強いのが残念ながら居なくてな。
 それで手をこまねいていた訳なんだが、嬢ちゃんも大丈夫なのかぃ?」

「はい。大丈夫です。覚悟はできてます」

ぎゅっと両の拳を堅く握り締めたティアにぽんっと頭に手がのる。
一瞬戸惑うが、すぐに「バーカ」といつもの調子で低い声がおりた。

「覚悟なんかしてんじゃねぇ、誰も傷つかせねぇで終わらせろ」

強い語調は怒られているかのように錯覚するがグレイなりの心配のしかただということをティアは知っている。
変哲無い不器用な優しさが嬉しくてティアはくすりと小さく微笑んだ。

「そうだね…うん。ありがとグレイ。私最近グレイに助けられっぱなしだよね…」

「………ハッ、礼を言われることなんかしてねぇよ」

くしゅっと頭にのっていた手でティアの髪をはらう。
グレイがティアとアスカに対してこの行動をとるときは大抵が照れ隠しである。


「っし!んじゃ行こうぜっ」


威勢の良いアスカの声を皮切りに、動き出す…はずだった。

「でも、どこに行くの?」

ぽつりと呟いたティアの言葉がアスカを止めた。
普通はありえない造りだが確かに正門から牢獄までは一本道だった。
薄暗くて見落としている可能性や仕掛け扉がある可能性だって捨てきれないが一本道だったのだ。
奇襲・かく乱を目的としているのにもかかわらずどこになにがあるのか検討もつかない。


「ええっと…玉座つったら上じゃねぇの?」

エレルファンの城を思い浮かべながらアスカが答えた。
多くの城は玉座は王の権威を示すために高い位置につくられる。
しかしこんな奇妙な造りの城なのだから普通や通常といったものさしは使えない。
通路ひとつとったところで、こんなに入り組んではいないしいたるところに客間や兵室などと無数に部屋がある。
部屋の数自体が現在のところ一つしかみあたらないこのリアラトスとは大違いだ。

概観を思い出してみたが、駄目だ。
高い防砂壁に囲まれていてそれなりに高いというだけで殆ど形がわからない。

上を見上げると窓があるらしく月光が淡く降り注いでいた。
しかしその空は随分と遠くに見える。よほどこの牢獄が頭上高くまで広がっているのだろう。
ひょっとしたらどこかに繋がる道があるかもしれないがここからでは視認はできない。


「痛…なんだよっ」

キュキュキュゥゥ〜〜

突然バジルがアスカの赤髪をついついっと引っ張った。
意外と強いその力に、アスカは目じりに涙をうっすらと浮かべた。
皆が注目する中バジルは身軽な身体でひょいっとアスカの肩から飛び降りると部屋の中央で止まった。
そこは窓から降り注ぐ弱弱しい光が一番強いところだ。

「どうしたんだよ、バジル」

「そこに何かあるってんのかぃ?」

バジルはただそこを行ったり来たりを繰り返している。
不思議に思ってかけよると、冷たい石煉瓦造りの地面に細長い穴が二つ開いていた。
丁度手を入れるように作られた穴に戸惑いもなくアスカが手を伸ばした。

「あれ…?意外と軽い、コレ」

灰色の石は重たそうに見えるが軽がるとアスカはそのまま地面を引き上げる。
すると月光だと思っていたその地面はもともと他とは少し色が違う事がわかった。
恐らく材質もそこだけ違うのだろう。わざわざ材質を一部分だけ変えねばならない理由は限られている。

そのままアスカが地面をひきぬくと丁度人一人通られそうな穴がぽっかりとできた。
よく見ればその穴の中には鉄梯子がとりつけられている。


「すげぇ!!こんな所に隠し通路があるなんて」

「よくわかったわね」

バジルはキュゥと誇らしげに鳴くとまた再びアスカの肩に飛び乗った。
穴は暗くて底が見え無いが行き止まりと言う事ではなさそうだった。

四人はその中へと一人一人降りていった。

穴はやはり隠し通路のようだった。
降りた先には長く長く廊下が左右に続いていた。
右も左も同じような造りで、同じように先が見え無い。

「どっち行けばいいんだ?」

「………知るか」

バジルも先ほどの大発見とは逆にアスカの肩に乗ったまま反応を見せない。


「二手にわかれるってのはどうだ?」

「そうですね…時間もあまりありませんし、それがいいかもしれません」

今こちらが手間取ればアンナが人々を救出する時間が取れない。
もし二手にわかれず、誤ったルートを選んでしまえばこの広い城内では間に合いそうになかった。


「俺とギャロ、アスカとティアでわかれるぞ、いいか?」

どうしようかと切り出す前にグレイが言う。
いいか?と聞いている割にその語調は文句は言わせないとでも言いたげだった。

ギャロを信用しきっていないからあえて自分がギャロと一緒になったということだろう。

「……ええ、いいわ」

「俺もいいぜ」

「お前さんの好きにしたらいい」


そうして結局アスカとティアが右、グレイとギャロが左の道へ行く事になった。
もちろんバジルはアスカと一緒に右の道へとついていった。

 

 

***後書き***

次でリアラトス編終われそう…?でしょうか。
ようやく第一章の終わりのメドがたってきて一安心です。
第一章書き上げるだけで年越えてるんじゃねーよって感じですね(涙)
本当遅筆な自分をなんとかしたいです。
早く第二章に行きたい…というコメントはもう何度もしたような気がします。

広がる一方で収拾がつきそうに無いストーリー展開。
正直言ってミスト自身、あんまり深く考えずに気の赴くまま書いています(ぇ?)
ちりばめた伏線を拾いきれるかとっても心配…。
一応おおまかな粗筋を立ててそれに肉付けする形で書いているんですけれどもね。
ちなみに伏線は後書きにもはっています(何)
伏線って言うよりも、隠し設定を感づかせないように微妙に誤魔化してます。

心配といえば、アスカ君が作者としてはとても心配。
もう主人公ってティアとグレイ?あ、あれ?という目立たなさ……。
でも三人称書きで書き進めるって決めたんだい!

次回は乙女のピンチと乙女の活躍の予定。
女子キャラ大注目です…ていっても、女子キャラが少ないので限定されてますけれども。


2006.1.15.ミスト

      

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