目の前に広がる緑、みどり、ミドリ。
青々と生い茂るそれはより一層彼をブルーにさせた。

(嗚呼……やっちゃった〜……)

くすんっと乙女的な涙ボイスの入りそうな
事を心で呟いたのはルィン・ノーイ。

何故、彼がこんな森林の中にいるのかというと
それは彼是数時間前に遡った………
 

「あの、お師匠様!何かやることはありませんかっ?」
どこでもいつでも。
フィンにべったりとついて離れないルィン。
今日も今日とてにこにことフィンの
役に立とうと献身的な事この上ない。
しかし魔法と言う超がつくほど便利なものを習得していて
尚且つルィンがいなくても一人で立派に生きてきて、最高のぐうたら生活を送っていたフィンに
そこまで何かやることが在るわけでもなくルィン手伝ってもらうことなど皆無であった。
とは言っても現時点でも十分すぎるほど家事全般を自ら進んで行っている
ルィンのやっていることの量は屋敷がそこそこ広いだけに一般の専業主婦のそれを
軽くぶち抜いている半端じゃない大量の仕事があるはずなのだが
それでも何かフィンに役立とうというのだ。
涙ぐましいことである。

当人であるルィンはそれが当然、
フィンはルィンが勝手にやりたいと言っているのだから
別に私は悪くない、といった感じなのである。
一般や普通、大抵と言う言葉を軽く無視した
ことをやったのけるのは相も変わらずと言ったところであろうか。

ずっと何か指示を出される子犬のように
ぅ〜とフィンを見つめ返すルィンに軽くため息をつきながらフィンが言った。
「んー……無いこともないんですがー………」
わざとなのか焦らすように言葉を濁して言うフィンに
なんですかっ?とキラキラした瞳でルィンが聞き返す。

「この森の奥にだけ生息する珍しい薬草があるんですが……」
「僕がそれを採取してくれば良いんですね?」
「じゃあ頼めますか?」
ふっ、と一瞬上目遣いでフィンが言う。
それは身長差から来たものなのでフィンが何か狙っていたり、特別な意味もなにもないのだが
健全な少年には何よりもの刺激になったようだ。

その後、フィンからその草の特徴が事細かく書かれた
メモを渡されルィンは勇み足で森の中へと入っていった。
 
そして見事、その特徴と全く同じ薬草を見つけ出し
採取することに成功した。
 

そこまでは………よかったのだ。
 
 
見つけたことに安堵して、うっかりと道に迷ってしまったのだ。
嗚呼……自分はいったいいくつなんだと
後悔するものの、もう時既に遅し。
ルィンはしかたなく切り株に腰をかけて一通り反省をしていた。

そんな彼の目線に黒い点のようなものが入ってきた。
ひらり、ひらり
羽ばたくたびに光の角度によって色を鮮やかに変えるそれは
ルィンを挑発でもするように舞いかっていた。

……蝶………か……
そういえば、あの時も蝶がいたんだった……
 
自分と目と鼻の先の花にとまったそれを見ながら
ルィンはずっと薄れることの無かった出来事を思い返していた。
 
 
 
 
 
 
 
「ルィン、調子はどう?」
コトンと机に置かれた紅茶が白く暖かな湯気を上がらせていて
其れと共に鼻腔をくすぐる香りが沸き立っていた。
「うん、順調だよっ母さん。」
自分でも、嫌になるような愛想笑い。
へらへらと笑う自分。
そんな自分が嫌でならなかった。
だが母親はそんなことは露とも知らずに
勉学に励む一人息子の姿をにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
この人が笑ってくれるなら。
喜んでくれるのならばルィンは自分がどうであっても構わなかった。

ただ一生懸命勉強して、学校で一位をとって。
”自慢の息子”であり続けなければならない。
子供ながらに親の期待と言うプレッシャーは
薄々と感じ取っていた。

始まりは学校で初めてのテストで100点をとったことだった。
自分でも、勉強が好きだとは思っていた。
でも100点をとった時両親が見せてくれた
あの優しい喜びに満ちた笑顔をもう一度みたい。とただ純粋に思った。

だから次のテストもルィンは満点を取った。
 
そして次も、その次も………。
 

彼は猛勉強して満点を取り続けた。
 

しかし、次第に両親にとってルィンは
満点をとって当たり前なんだと思い始めた。
 
満点でなければいけない。
 
誰よりも頭が良くなければならない。
 
学業において一位をとらなければならない。
 

頭がいいことだけにおいてしか
両親はルィンを認めなくなった。

だから、拒絶されるのが怖くて。
また優しく笑ってくれなくなるんじゃないかと思って。
 

親の期待に応えるためだけに
ルィンはひたすら勉強し続けた。
 
 
 
 

そんなある日の学校帰り……

学校が終わってもルィンはやることが残っていた。
それは友達と遊ぶなんてことじゃなくて学習塾に行くことだった。
だがルィンはもう勉強に嫌気がさしていた。
拒絶されるのが怖い。
自慢の息子として認めてもらえないのが怖い。
頭が良くなきゃ僕はイラナイから。
それでもルィンは十分すぎるほど塾でもトップの座を譲らなかったし
一日や二日……否、同年代なら一年くらい塾など行かなくても
余裕で一位をとり続ける自信はあった。
第一、今やっている勉強は自分の年代がやるのものではなく
ひとまわりも年上の人たちがやるようなクラスまでルィンは達していた。
塾などもうルィンには必要はなかった。
今日もサボりたいな……と心の片隅で思いながらも
期待に応えるためだと自分に言い聞かせて重たい足を引き釣りながら歩くのだ。

「おいっ!家帰ったらすぐに俺ん家こいよぉ!!」
「わかってるって!!」
ぎゃぁぎゃぁと騒がしくルィンの目の前を少年たちが走り去った。
いいなー……僕も……遊びたいな………
だっ、駄目だっ僕にはやらなきゃいけない事があるんだからっ!!
ふっと脳裏によぎった本心を隠すようにぶんぶんっとルィンは顔を振った。

そこで視界に入ってきた黒い点。
ひらり、ひらり
優雅に舞うそれはまるで誘っているかのように
妖艶に光の角度によって色を変えていた。

「わぁ……綺麗な蝶……」
森の中になんて行ったことの無いルィンは
あまり蝶を見る機会がなかった。
思わず息を呑んでしまうほど魅惑的な妖しさをはなつ
蝶に魅入ってしまい、ルィンは他のものが見えなくなってしまっていた。
触れようと一歩踏み出すとまるで挑発でもするかのように
するりと蝶はルィンの手から逃れて
ひらひらと飛んでいった。
「あ、待って……」
まるで彼が追いかけてくるのを知っていたかのように
蝶はルィンが見失わない程度の高さと速さで
ひらりひらりと舞っていた。
いつの間にやら呼吸が熱くなるほど
ルィンは蝶を追いかける事に夢中になっていた。
顔には貼り付けた愛想笑いじゃなくって
いつの間にか綻びたような心のそこからの笑みが浮かんでいた。
 
ガツッ
「うわぁっ!」
突然彼は何かに足を引っ張られ体制を崩してしまっていた。
彼には蝶以外のものは見えていなかった。
だから彼は気付くことが出来なかった。
知らず知らずのうちに彼はツタの生い茂る森の中に入ってしまっていたのだ。
それは強く彼の足に絡まってなかなか取れそうに無かった。

「…あーあ……結局逃げられちゃった…」
彼は名残惜しそうに今は点でしか見ることの出来ない
黒い蝶を見送っていた。
そして

シューッ……
 
背後からぬらぬらとした蛇が目をギラギラと光らせて
確実に近づいていた。
 
 

「うあ、とれなさそう……」
そろそろ塾始まっちゃってるかなぁ……
なんて心で考えつつも別にどうでもいいやなんて
考える自分が居るのを薄っすらと感づいていた。
先生驚いてるだろうな……
まるで見てきたかのように容易に予想がつくそれに
ふふっとルィンは笑みを零した。

それにしても、そんなに学校から遠くは無いだろうけど
森なんて未知の世界にルィンの心は躍っていた。
青臭い木々の香り
澄み切った清々しい空気
何処までも果てない青い空

当たり前のことが当たり前に感じられなくなっていた
彼にとって、ただそれだけの事が
とっても新鮮で、わくわくするのだ。

そんな緊張の糸が切れてしまったのが
いけなかったのかもしれない………

「っ!!??」

ツタの中に放り込んだ右手首から迸った痛み。
草で切ったとか、棘に刺さったとか
そんなんじゃない。
瞬発的に手を引き込めると
ツツッとつたう二筋のどす黒い赤の液体

一体何が?
とよく覗き込むとそこにはでっぷりとした
図鑑で見たものの倍くらいありそうな太くて
目に痛い毒々しいカラーの蛇。
この辺りに生息する動植物についての
レポートを学校での課題で作成した事のあるルィンは
脳内をフルに動かして瞬時にその蛇の特徴をはじき出した。
 
最悪な事に
それは牙に人を死に追いやる程の猛毒を忍ばせる種類。

自分の血の気が引いていくのを感じ取った。
サァーッと顔が蒼白になり体温が下がったような気がした。
嗚呼……僕は………

即効性の無い毒は全身にまわるまで時間がかかるのだが
彼の体は動かず、ただただ己の手首だけを見つめていた。

未だに蛇は近くに居座ったままだった。
獲物が逃げないように見張っているのか
それとも獲物が動けなくなるのを待っているのか

どちらにせよ、もう彼はどうでも良かった。
これで僕は勉強から解放される
この自然の中で死ねるならばいいかもしれない
などと半ば諦めていたのだ。

シューッ

蛇がまた、近づいてくる。
今度は動く事の出来ない左足に。

一回噛まれただけでも致死量に達する毒なのだから
二度も噛まれれば死ぬまで苦しむことも無いであろう。
抵抗する気力の無い彼はぼうっと焦点の合わぬ瞳で
蛇の行動を客観的に眺めていた。
 
これで、僕はもう期待に応える必要は無いんだ。
 
ただそれだけが彼の頭の中を
ぐるぐると駆け巡っていた。

後数センチ、そこまで蛇が近づいた瞬間(とき)だった。

「スラッシュウィンド!!」

突如響く、女の声。
それも大人の女性ではなく小さな少女の声色。

声に合わせてどこからともなく突風が吹いた。
薄っすらとしか目に見えないその風の動きは蛇の所だけで
かまいたちのように吹き荒れて蛇はゴムまりのように飛んでいった。
ルィンは我が目を疑った。魔術に対してでは無い。
確かに実際に見るのは初めてであったが存在は知っていた。
そこに立っていたのは自分とさほど年の変わらぬであろう
幼い少女であったのだから。
唐突な出来事なため錯乱する頭で言葉を紡げないルィンに
少女は無言で歩み寄りルィンの左手をとった。
祈るようにルィンの左手を挟んで手を組んでぶつぶつと何かを言っているようなのだが
ルィンはそれらを聞き取る事は出来なかった。
恐らくそれは魔法の詠唱なんだなと思った。
少女がひとしきり何かを言い終わると柔からかな木漏れ日のような光が
ルィンの左手を包み込んだ。
暖かくて優しい光はまるで少女から発されていて
ルィンの体に入り込んでいるように見えた。
光が収まると少女も手を離してルィンは解放された左手を覗き込んだ。
血は止まり今は古傷のようにぽつんぽつんと二つの噛まれた跡があるだけであった。

それを見た少女はしゅんっと肩を落とす。
「ああ、駄目。私まだ魔力を制御しきれていないみたい。
 跡が残ってしまいました……」
師匠のように上手く出来れば跡も残らずになるんだけど
と自信なさげに少女は言った。

「でも、もう大丈夫ですよ。これで死にはしませんから。」
ふんわりと小さく笑う。
僕が死のうと思っていたなんて言ったら
何ていわれるだろうか………。

「ありがとう」
でも、僕はそんな野暮なことはしたくなかった。
母さんと一緒。ううん、母さん以上にかもしれない。
この女の子に今みたいに優しく笑って欲しいって思ったから。
 
が、少女は一瞬驚いたような顔をした。
僕何か気を損ねるような事言っちゃったのかなぁと思ったけど
すぐに少女は顔いっぱいに笑顔を広げた。
「どういたしまして」
ほんのりと顔を赤くさせて顔をふるふると横に振った。
 
 
「フィン、どこだい?」
遠くから男性の声が聞こえた。
少女は聞こえた方角 ―――といっても僕は全然方向なんて分からなかったけど
を向いてはいと返事を返した。
「ごめんなさい、師匠が呼んでいるのでもう行かないと」
そう言いながら少女は僕の足に纏わりついてたツタに手をかけた。
複雑に絡み合っていたそれは少女が解き始めると
いとも容易くスルリと抜けて僕の足はやっと解放された。
 
少女は去り際にくるりと振り返った。
「あのっ。自分の命……大切にしてくださいね」

それだけ言い終えると少女はぱたぱたと
木立の奥へと消え入ってしまった。
 

…………バレてたんだ。
僕が死に抵抗してなかったのも嘘ついたのも全部。

それでも彼女は笑ってくれた。
自分の気持ちに嘘をついた僕に。
怒ったっていいはずなのに。

知っていながら僕に微笑んでくれたんだ。
 
 
その日から僕は変わった。
勉強をやめた訳じゃない。
でも塾はやめたしそれ以降自分の気持ちに嘘はつかなかった。
母さんは泣いた。
いきなり何があったのかと僕を問いただした。
でも僕は何も言わなかった。
適当な言い訳、嘘を重ねる事は簡単だったけど
少女との事は自分の中に閉じ込めて、母さんには何も教えなかった。
そして三年前くらいに勘当同然で家を飛び出して
フィンという名前の魔法使いを探し続けた。
 
 
 
 

ひらりひらり
 
蝶は飛び立った。
 
蝶は誘うように僕からつかづはなれづ舞っていた。
思わず蝶をあの日と同じように
追いかけていく。
 

覚えて、ないだろな。
あの人はそんな細かい事気にする人じゃないし。
随分と昔の事だし。
今じゃ性格も幾分捻くれているし。
でも……
 
 
 
 
 
気づけば木立も随分と低くなり
視界も広がった場所に出ていた。

見慣れた屋敷と程遠くない場所。
そこにいた一人の少女。
「あら、遅かったですね?」
蝶はひらひらとフィンの肩にとまった。
木漏れ日の中で優雅に読書でもしていたのだろう。
古語の連ねた本が数冊フィンの隣に積み上げられていた。

まるで僕のことなんて心配どころか
気にも留めていなかったかのような様子をするが
僕には誤魔化しはもう効かない。
参った、な。
これもまた全部この人は知っていたんだ。

たぶん彼女の肩で羽を休めている蝶は彼女の魔力で魂を吹き込まれたものか何かであろう。
あの日も、今日も。
覚えては居なくてもやっていることや
人を心配する心は変わってはいないのだから………。
 
 
 
ハイ、実は僕道に迷ってしまいまして〜
 
よかったですねモンスターに襲われなくて
 
えぇ!?この森モンスターいるんですかぁっ?
 
もちろん、それも凶悪なのがこの地域は多いですよ
 
それ最初に言ってくださいよぉ〜
 
 
 
 
こんなつまらない日常と
たまに見せる小さな優しさが
僕には十分嬉しかったりするんです。
 
 

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