9月7日   あとの祭り
 
青い澄んだ空心地よい風
今は授業時間。もちろん私はサボり。
此処は屋上の中でも一番グランドから遠い。
だからすごく今は静か……
 
空を見上げる。
ただただ澄み切っていて果てなくて。
フェンスに捕まって視線を下へとズラすとこれまた距離が遠い。
怖いとは思わない。もうこの景色は見慣れたから。
 
ぐっと手に力を込める。
少し上体が持ち上げて身を前に乗り出すと視界からフェンスが消えて
より現実感が薄くなりまるでパノラマ映像みたい。

今、手を離せば死ねる。

くすりと微笑んだ。
恐怖は心の中から既に無い。

きっと私はあの米粒みたいな車と同じ。
空高くから見たらあるのか無いのかよくわからない。
無くても一緒。気にも留めないそんな無価値な存在。
 

「毎日毎日飽きもせずよくやるな」

!?
 
まさか人がいるなんて!?

「あっ……」
 
ぐらりと視界がゆれる。
力が手から弱まってバランスが取れなくなったんだ。
重力に任せて身体は落ちていく。

そして少し遅れてその重力に逆らう力。
暖かな体温と僅かな香水の香り。
 
「なにやってんだよバーカ」

耳元で囁かれた。
馬鹿にされて腹立つことより先に吐息が首筋に当たって全身が粟立った。
低くてそれでいて掠れる様ないい声。

その腕から解放されて振り向けばまあ格好良いかもしれない男子。
 
「………あり、がと……」
「思ってねぇーこと言ってんじゃねーよ」
「え?思ってないわけないでしょ本当に感謝して……」
「なら。なんで毎日のようにああやってフェンスから身を乗り出してんだよ?」
 
お礼の言葉はかったるそうな声に遮断された。
さっきの言葉といい今のといい一体こいつは私の何をしっているっていうの?
じっと彼の目を見据えたが相変わらず面倒そうにしているだけ。

「あなた……一体なんなの?」

男は少し表情を変えた。何かに驚いたみたいだ。
でもそれはほんの少しだけでにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ほぅ……俺を知らないのか?」
「ええ。知らないわ。」

何コイツ。
自分の存在が学校の人全員に知れているって自信もってんの?
馬鹿じゃないの。どんだけ目立ったって、この大型校じゃ無理でしょ。

「俺は北条時人」
「そう。私は雫。檜山雫。」
「知ってるっつーの」

礼儀で一応自己紹介してやったら鼻で哂われた。
なんか一つ一つの態度が偉そうでムカつく。
それでいて妙に様になっててちょっと格好良い。ナルシストなわけ?

「あなた……」
「名前で呼べよ。わざわざこの俺が教えってやったんだ。」
「……じゃあ北条。」
「下の名前で呼べ」
 
注文の多い奴。
 
「……時人君はどーして私が毎日ここに来てるのをご存知で?」
「『時人』。当たり前だろーが。ここは俺の特等席だぜ。授業をフケてるときはほぼここだ」
「駄目ですよーちゃーんと授業受けなきゃ。ま、私もだけどさ。」
「いんだよ。俺は。」
「何で時人だったらいいのよ?」
「俺だからに決まってんだろーが」
 
第一印象からだけどなんか腹立つ奴。
 
「あっそ。でも私がなにしようと時人には関係ないよね?」
「ある。」

即答された。
なんなのよアンタ。本当に意味わかんない。

「なんで?」
「俺を時人と呼ぶやつは俺の女だけだ。」

はあっ………?!
思考が一瞬停止した。
にやりと笑う男が見えたがもう全ての感覚が意識から遠のいていた。

その後。顎をつかまれて。無理やりキスされて。
 
「…………じゃあな。」

アイツが去ってバタンと扉が閉じる音が聞こえて。
ようやっと意識は戻ってきた。

「はっ…?え……ななななんっ何!?!?」

それは少し遅すぎた。

…………ふぁっ……ファーストキス……奪われた。
乙女にはちとそれは重過ぎた。
 
 


 

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