7月10日   重ねた本
 
面白い女が居る。
俺がまだ中等部二年だったときそいつはやってきた。
中一で、新しい図書委員。

「返却」

何も気にせずにいた。
どうでもいい。そんなことをいちいち気にすることが時間の無駄だ。

「えーっと……」

とろくさい。
それが第一印象。
返却期日の字を書き込むのも話し方も何もかも。

だがそれは別に俺にはどうでもいいことで気にしていなかった。

そいつがやってきて何日かした後だった。

いつも使っていた俺の指定席は運悪くその日三年の先輩に占領されていた。
定期テストが近いせいだろう。諦めるほか無い。
唯一空いていたのは一番奥の窓際の席。

静か、といえば静かだ。
別にいままでの指定席にこだわりがあったわけでもない。
ただ新刊文庫本棚に一番近いから、それだけ。

「あれ、ここなんですか?」

女の声がして本から顔を離せば大量の本を抱きしめてきょとんとしている
とろくさい図書委員。

「いつも使ってる所……ああ、先輩方テストですもんね。」

にこりと笑って本棚へ視線を移す。
両手一杯の本は恐らく本棚の整理中ということだろう。

「うぅっ……」

気にせず本を読んでいれば奇声。
本棚をよく目を凝らしてみると小説の欄に分厚い国語辞典がはさまっていた。
故意か偶々か、誰かが棚を間違えて入れたのだろう。
それをとろうとしているらしいが背が足りない。

「………阿呆か。」

ぼそりと呟いた。
ここの本棚は背が高いので脚立が何台か置かれていた。
意地を張ってとろうとせずとも持ってきたほうが手っ取り早い。

手は届いているが国語辞典はなかなか動かない。
本自体が重たいのもあるのだろうがそれにしては不自然だ。

ちっ……マヌケな女だ。

「……どけ……」
「ふぇ?」

女のアイツで手が届くのだから俺で届かないわけが無い。
にしても、返事からしてマヌケだ。

国語辞典に手をかける。
妙な重量感があったがその時はさほど気にせず一気に引き抜いた。
 
っ!?

なにかがぐらついているのが分かったがそれ以上早く反応は出来なかった。

ドサドサドサドサッ!!

「……………」

落ちてきた。大量の本。
どうやら何冊も何冊も国語辞典の上に重なっていたらしい。
女は笑わず、嫌な顔一つせず黙々と片づけを始めた。

「……悪い」
「へ?何がですか??」

何も言わないどころかそんな事を真顔で言い放った。
さらに俺には自己嫌悪が襲う。
責めてくれればそれはそれで構わないって言うのに後輩だって事を気にしているのか?
眉をしかめて同じく作業をする。

「あ、先輩はいいですよ」
「…俺が悪いんだ。俺にやらせろ…」

むしろそんな遠慮が苛々する。
しかし女は小首をかしげたまま言う。

「先輩は悪くなんかないですよ。元はといえば私が馬鹿なだけですし。
 それにどうせあのまま私が背を伸ばして抜いても結果としては一緒じゃないですか」

天然でとろくさくて思考も変な女。
今時結果論じゃなく過程でそんなこと言い出す奴は居ないだろう。
しかしこの女の目はただ真摯にそう思っているようだった。

それから三年。

「羽深先輩」
「……なんだ?」

きらきらした無駄に真っ直ぐな目だけは変わらずにその女は俺の前に居る。
あの日と同じ。何一つ変わらないまま。

「丁度三年ですよね?」
「何がだ?」
「あ〜…なんでもないです。気にしないでください」

忘れてなんかいないが。
言うのはすこし気後れした。

「………当番じゃないのか?今日は。」
「え?何いってるんですか。私の当番は毎週火曜日と……って、あ!」

阿呆。とろくさい。鈍感。

「先輩ひどいですー。ちゃんと覚えてるんじゃないですか〜」
「何をだ?」
「むぅ〜〜………もういいですーっ」

本当は重なった本を見るたびに思い出してしまうのは
しばらくはコイツには言わないでおこうと思う。


 

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