面白い女が居る。
俺がまだ中等部二年だったときそいつはやってきた。
何も気にせずにいた。
どうでもいい。そんなことをいちいち気にすることが時間の無駄だ。
それが第一印象。
返却期日の字を書き込むのも話し方も何もかも。
だがそれは別に俺にはどうでもいいことで気にしていなかった。
いつも使っていた俺の指定席は運悪くその日三年の先輩に占領されていた。
定期テストが近いせいだろう。諦めるほか無い。
別にいままでの指定席にこだわりがあったわけでもない。
ただ新刊文庫本棚に一番近いから、それだけ。
女の声がして本から顔を離せば大量の本を抱きしめてきょとんとしている
とろくさい図書委員。
「いつも使ってる所……ああ、先輩方テストですもんね。」
にこりと笑って本棚へ視線を移す。
両手一杯の本は恐らく本棚の整理中ということだろう。
気にせず本を読んでいれば奇声。
本棚をよく目を凝らしてみると小説の欄に分厚い国語辞典がはさまっていた。
故意か偶々か、誰かが棚を間違えて入れたのだろう。
それをとろうとしているらしいが背が足りない。
ぼそりと呟いた。
ここの本棚は背が高いので脚立が何台か置かれていた。
意地を張ってとろうとせずとも持ってきたほうが手っ取り早い。
手は届いているが国語辞典はなかなか動かない。
本自体が重たいのもあるのだろうがそれにしては不自然だ。
女のアイツで手が届くのだから俺で届かないわけが無い。
にしても、返事からしてマヌケだ。
国語辞典に手をかける。
妙な重量感があったがその時はさほど気にせず一気に引き抜いた。
なにかがぐらついているのが分かったがそれ以上早く反応は出来なかった。
どうやら何冊も何冊も国語辞典の上に重なっていたらしい。
女は笑わず、嫌な顔一つせず黙々と片づけを始めた。
何も言わないどころかそんな事を真顔で言い放った。
さらに俺には自己嫌悪が襲う。
責めてくれればそれはそれで構わないって言うのに後輩だって事を気にしているのか?
むしろそんな遠慮が苛々する。
しかし女は小首をかしげたまま言う。
「先輩は悪くなんかないですよ。元はといえば私が馬鹿なだけですし。
それにどうせあのまま私が背を伸ばして抜いても結果としては一緒じゃないですか」
天然でとろくさくて思考も変な女。
今時結果論じゃなく過程でそんなこと言い出す奴は居ないだろう。
しかしこの女の目はただ真摯にそう思っているようだった。
きらきらした無駄に真っ直ぐな目だけは変わらずにその女は俺の前に居る。
あの日と同じ。何一つ変わらないまま。
「え?何いってるんですか。私の当番は毎週火曜日と……って、あ!」
「先輩ひどいですー。ちゃんと覚えてるんじゃないですか〜」
本当は重なった本を見るたびに思い出してしまうのは
しばらくはコイツには言わないでおこうと思う。