5月24日   君の声に

高等部に世界中で10年に一度いるかどうかの天才が現れた。というのは随分と有名な話。
空気の震えが
耳に伝わる音が
心地よい声が
全身に染み入るようにつま先から頭の先まで感動が駆け上ってくる。
精巧な人形のように美しいほどの無表情なクールさで
しかし声にこもった熱いものだけは全身を奮い立たせる熱気がこもり
舞台の上で天女が舞い降りたかのように錯覚すら起こさせる、天から与えられた才能。
 

「檜山先輩っ」
「何?」
日本人形のような艶やかな髪は長く切りそろえられ
振り向くだけの動作すら私とは別格の存在。
「何って、始まっちゃいますよっ」
「………?…貴方…合唱部?」
「先輩、もう五月ですよ?後輩の顔くらい覚えてくださいよっ
 私は灯です。し み ず あ か り!合唱部で文月学園高等部一年D組で先輩の後輩ですってば!
 今日は各パートの打ち合わせがあるって校内放送で言ってたじゃないですかぁ〜」
「ごめんなさい、人数多くて一人一人覚えられないのよ。
 あと、打ち合わせだけど私は欠席させてもらうわ」
「何言ってるんですか先輩!あ、ちょっとどこいくんですかぁ!?」

神様のような人だと思っていた。
私が信じていた『檜山雫』という人は人格が少々破綻していた。
やっぱり凄い人って感性もズレてるの?
檜山雫は他人に興味が無いどころか、無関心。
友達だっているのかどうか怪しいくらい全く人との関わり合いという物をしない。
それどころか、歌に対する情熱さえ持ち合わせていなさそうに見える。
部活もなんとなく出ているだけで、プライドも高くないし必死に練習に打ち込んでいる様子すらない。
それなのに才能が余ってるなんて…妬きそう。

「何言ってるんですか先輩っ駄目ですよ、ちゃんと出なきゃ!
 先輩が来なくてどうするんですかぁっ」
「そう?私一人いなくたって、あれだけの大御所部だもの何とかなるでしょう?」
「なりませんよ!先輩は我が合唱部のエースでしょう!?」
 
「本当に、そうなの?」

どきんと胸が跳ね上がった。深い漆黒の両眼が私を貫く。
何もかも見透かしてしまいそうな黒の瞳は確かに私を映し出しているはずなのに
視線は私を貫いて、ずっとずっと遠くを見つめているような気がした。
返事を、返そうとした。
当たり前じゃないですか
先輩は天才です
埋め合わせの人なんていませんよ
声は逆流して胸へと還る。
蛇に睨まれた蛙じゃないけれど、声が出なかった。

「今私という存在はここにあるけれど、十年後、百年後、千年後、それを証明できる?
 私なんて所詮、米粒みたいな小さな小さなものにすぎないのよ」
「…なに、言ってるんですか…?」

「歌は空気の振動の重なり。だけど、いつしか震えはこの大きな大地に吸い込まれて消える」

怖い。
ホラー映画を見ているときのようなゾクゾクとした嫌な感じが背中を伝った。

「何度歌っても、歌はいつか風や大地にかき消されてしまうわ。
 そんなものに意味はある?」

先輩が何を言いたいのか、全然わからない。
でも、そういう先輩の顔はいつもと同じ無表情だけど、その奥で泣いているような気がした。
先輩みたいな凄い人なのに
いつかは消えちゃうなんて悲しすぎる。

「難しかったかしら?」
ふっと檜山先輩は空を見上げた。
視線が私から離れた瞬間糸が切れたマリオネットのように全身の力が抜けた。
そんなこと、考えて事無かった。
自分の存在なんて自分は自分だと言い切るだけ。
でも…本当にそれでいいのかな?

「先輩は、この世に名前を残したいんですか?」
「ん〜…むしろ、逆ね。私は消えてしまいたい。この空の大気の一部になりたい。
 でも一度くらい鳥になって空を飛んで、自由に歌いたいかな」

先輩は才能があるのに…なのに、消えちゃうなんて嫌。
「先輩は…変です」
考えるよりも口走っていた。
私一年の分際で、三年生に向かって何言ってるんだろう。
はっとして口を押さえるけれど、先輩はちゃんと聞いていたみたいでくすっと笑った。
初めて見たそれは、妖艶でどこか自嘲交じりだった。
 
「そうね、私は変だと思うわ。
 今すぐ死んでしまいたいなんて思う人間少ないでしょうし」

先輩の声に憧れて、先輩のようになりたくて、先輩に近づきたくて。
でもその綺麗な先輩の声でそんなこと聞きたくなかった。
嫌なのに 怖いのに
ただただ、悲しい
 

 

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