12月31日   コンプリート
 
知っていますか
なんだって[はじまり]と[おわり]があるということを
知っていますか
[えいえん]は限られた[とき]の中でしか存在しないことを
知っていますか
[であい]があれば必ずいつか[わかれ]が訪れることを
 
あなたは
知っていますか?
 
「志里や、志里」
「はいお爺様」
日本人は語らない民族である。否、かつてはそうであった。
言葉を交わさずとも、声をださずとも、気持ちを通ずれば理解しあえるすばらしき伝達能力。
仕草一つ一つが、ちょっとした笑い方が、ひどくにぶい光を浮き彫りにさせる。

「学校は楽しいかい?」
しばし瞬いて
ほんの少し瞼を閉じて浅く呼吸して
彼女の瞼の裏にはきっと走馬灯のようにいくつもの場面が駆け巡っている

「とっても」
ほがらかに微笑む孫娘は誰よりも尊く菩薩のように清らかにうつった。
しかしこの少女は穢れを知らないわけではない。
それどころか何度も打ちのめされて、ひとの醜さに絶望を覚えたのだ。
だからこんなにも愚かなひとを慈しむことができる。
 
神というものはいつだって残酷で
しかしその残酷な道の中にさらに残酷な希望の脆い礎を立てていく。
何よりも高く、だがほんの少しの風で薙ぎ倒されてしまいそうな
曖昧で微妙なバランスの上に聳え立つバベルの塔。
その上にたどり着ける人間は一体何人いるというのだろう。
大多数の人間はそんな目には見え無い塔の存在を知らない。
知った極少数の人間は窮みに行こうと奢りたて、神の手に振り落とされる。それが自分。
しかし目の前にいるひとから生まれた、この愚者と微量たりとも同じ血を流す少女は違う。
いつからか彼女は頂にいたのだ。誰も気がつくことが無くずっと後になって気がついた。

本人も知らないまま誰もが望み己もいまだ渇望する絶頂へ昇天したのだ。

彼女は独りでひとの醜さを知った
彼女は独りでその憤りに葛藤した
彼女は独りでずっと高みにいた
彼女の苦しみを誠に理解する事は、同じ場に立てない自分ではわからない。永遠に。
だが彼女はそこに独りぽっちで微笑を湛えていたのだ。ずっと。ずっと。
 
「お爺様、ひとつ教えてくださいませんか?」

返事を返す事は無かったが志里はそれを肯定と受け取った。

「どうしてお爺様は学校をお創りになったんですか?」
頭の中に湧き出てくる邪念。
自分を正当化させる言葉はどうしてこんなにも思いつきやすいものなのか。

「はじめはな、自分が生き方に失敗してしまったと気がついて
 ならばどのようにすれば正しく生きられるのか、見てみたかったんじゃよ」
神でさえもそんな権利はないというのに
自分は子供達に[正しい生き方]を強要した。
それはある種の実験。
どのような性格の、どのような資質の、どのような子供が、どのような経緯で窮みにいけるのか。
自分が果たせなかった想いを誰かに叶えて欲しいという自分勝手な我侭。

「じゃがな、ワシは途中で気がついたんじゃ。
 何人もの、何百人もの、色んな子供達の成長を見ながら
 この世界のどこにも[正しい生き方]なんていうものは存在しないということにな。
 気がつくまで随分時間がかかり、その時にはワシはたくさんの間違いを犯していた」
そして気がついてからだいぶ経ち、志里が生まれた。
自分の子供でさえもモルモットとしたワシには本当に志里が天使のように感じた。
ひどく歪んだ中の中心で生み落ちた少女は誰よりも真っ直ぐと背を伸ばして生きていた。
生涯でこれほどに心が揺さぶられ、感動する事はなかった。

「ワシは学び舎を勘違いしておった。子供たちはなにひとつ学んではいなく
 学ばされていただけじゃった。そして過ちを正し、学び舎を創ったんじゃ」
「それが今の文月学園?」
「そうじゃよ。間違っても良い、わからなくても良い。
 大いに悩んで、大いに苦しんで、少しずつ学んでゆける場がこの国には残されていない。
 だからワシがその場を創ったんじゃ。全員が学んではいないかもしれないが…
 それでも少しでも路を自分で選択しやすい環境を創りたかったんじゃよ」
だがそれすらも罪の意識にさいなまれたが故の自己満足。
つまるところ、自分は子供たちに一般大衆が思い描く幸せを強要しているのだ。
万人に対してその幸せが本当に幸せではないことはわかっているはずだというのに。
「じゃが…そんな奇麗事をいってもな、ワシはまだ子供たちを無碍に扱っているのじゃよ」

もう二度とモルモットにしないと誓ったのに。
嗚呼ひとはどうしてこんなに欲に対して従順で、愚かしいのだろう。

「何十人、何百人、何千人、その中のたった一人でも良いから、窮みにたどり着いて欲しい。
 それがどれほど酷な事であるかは知っておるのにも関わらず
 …志里、お前が独りでいることを下から見上げておるのに、ワシはすこし首が疲れたんじゃよ」
誰でも良い。心無いろくでなしでも構わない。
そこにたどり着いて少しでも小さな少女の孤独を満たしてあげられればいい。
孫娘が可愛くて可愛くて、そして哀れでしかたなくて
他人が苦しむだなんてことよりも、優先してしまいたいと思ってしまう。
まだワシは己を神と錯覚しているというのか。
どれほどまでにワシは罪深くなれば良いというのか。
わかっていても、願ってしまう、強欲さ。

「ありがとう、お爺様。でも心配には及びませんよ」
穏やかに嫌な顔一つ見せず少女は微笑む。
まだ17足らずで、ワシの何分の一かのときしか生きていないにもかかわらず大器にめいっぱいの慈愛が満ちている。
「もちろん独りでいることはたまに寂しいですけれど…
 でも、私は少しの間だけならば降りることはできますから」
かりそめ
よぎった最低の言葉を頭から振り払う。
声に出そうと、少女は傷つかないだろう。誰よりも理解しているから。
だが少女はそのかりそめを愛しているのだ。
その中で確かに少女は幸福を感じ取っているのだ。

「それじゃあ、お爺ちゃんこれから初詣に行ってくるね」
「ああ行ってらっしゃい」
髪型を変えて。眼鏡をかけて。口調を変えて。纏う空気さえも変えて。
天女は羽衣を脱ぎ捨てて下界へ舞い降りる。
それはかりそめ。しかし誰がその事を責められようか。

「あっ…そうそう。この世界はきっとみ〜んなかりそめでできてると思うなぁ…なんてね」
それだけ言い残すとあどけなさの残る顔でふにゃっと笑い、
いまにも転倒しそうなほどに危なっかしい足取りで少女は学校へと向かった。
狐につままれたような気分にあの子にさせられるのは、もう何度目だろうか。
 

この世を[かりそめ]とするならばいつか遅からずこの世にも[おわり]は訪れる
しかし終わりははじまりに過ぎなく
途絶えることなく永久に世界は廻り続けるのだろう

ならば私は祈りましょう
それは己惚れにもにて
それは野心にもひとしいけれど
私は祈り続けましょう

気高きひとよ
愛しきひとよ
愚かなひとよ

いくつものあやまちと
いくつものにくしみと
いくつものあいをてにして

己を知りなさい
心を知りなさい
世界を知りなさい
 
絶望を知りなさい

そして尚、希望を持ちなさい
神は貴方達を地上に縛りつけてなどいないのだから
貴方達は翼を生れ落ちたその日よりずっと持っているのだから
バベルの塔よりもずっとずっと高いところまで

力強く羽ばたきなさい
 


 

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